
黒川で延々と昔から引き継がれている「せいの神」(別名どんど焼きともいう)。
昔から正月の松が明けた7日に、せいの神が建立されることになっており、今年は1月7日(日)に、
黒川・上(かみ)地区は橋場の田んぼに、
黒川・中(なか)下(しも)地区は下の田んぼにそれぞれ建立されました。
本来なら中学2年生(旧制中学の最上級生という流れをくみ)が大将となって小学1年生から中学1年生を組織して
子供たちがせいの神を建立するのが習わしですが、
今年も黒川町内会役員、汁守神社役員やボランティアも含めた大人が中心となり、建立作業が行われました。
(写真撮影:令和6年1月9日)
このような昔からの風習であるせいの神が建立できるのは、理由があります。
第一は、正月の風物詩であるせいの神は 子供のころから建立に参加し お焚きあげに参加して身についている経験がありそのDNAが体にしみついていること、
第二に、神社役員・町内会の風習を絶やさず後世に残して行こうという意気があり 地元・黒川を愛する団結力があること、
第三は、巨大な焚火・裸火と化すせいの神を屋外で焚ける場所があること(都市部では住宅が密集していて不可能)と、地主の土地(民有地)使用許可の協力があること、
第四には、素材となる孟宗竹などが容易に入手できることなどによります。
(写真:橋場の田んぼに建立された黒川・上(かみ)地区の せいの神)



黒川・中(なか)下(しも)地区の今年の特徴は、高さを競わず腰がどっしりした自立型の せいの神を建立。
直ぐ近くを京王相模原線の高架があるため 例年に比べ 大きく規模を縮小して建てられた


黒川地区の2か所に建立された「せいの神」(別名:どんど焼き)は、1月14日(日)の午後5時に点火されることになっています。
当日は、書初め・年賀飾り・古いお札やお守り・ダルマなども、お焚きあげできますので早めにお持ちください。
どんど焼き(せいの神)の清らかな火に当たれば、この1年間は風邪をひかないなどという言い伝えもあります。
古くから黒川に伝わる せいの神の風習を絶やすことがないよう、黒川地区の子供たちに参加してもらい、正月の思い出を残してほしいと願います。
そして黒川地区で生まれ育ったことを誇りに思い、帰属意識が涵養されることを願います。
<追>
わたしのような黒川の老人は、ハイカラな「どんど焼き」という言葉より 子供のころから「せーの神」 (せいの神では、無い)と呼んでいました。
「せーの神」という呼び方は、柿生の他地区でもそう呼んでいました。
(参考: せいの神の建立順序 2008.01.08のブログ記事)