西光寺の墓地へ続く参道脇に、ブロンズのお地蔵さま「南無地蔵菩薩像」がおわす。
その地蔵菩薩の背後にあるコンクリートの壁のわずかな隙間に、背高泡立草(せいたかあわだちそう)が根付き、花を咲かせていた。思うに 縁があって種が飛んできてコンクリートの隙間に着荷し、発芽・成長して秋にあの黄色い花を咲かせていた。
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その地蔵菩薩の背後にあるコンクリートの壁のわずかな隙間に、背高泡立草(せいたかあわだちそう)が根付き、花を咲かせていた。思うに 縁があって種が飛んできてコンクリートの隙間に着荷し、発芽・成長して秋にあの黄色い花を咲かせていた。
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平成18年10月1日(日)、
例大祭に備えて、汁守神社境内の草刈が9月17日(日)朝8時から氏子(うじこ)によって行われた。当日は、90人近い氏子が草刈用鎌、エンジン式刈払機などを持参して神社に集合。男氏が用事がある場合には女氏が参加して、草むしり作業などを担当。
続きを読む黒川のお盆は、八月の旧盆だ。
8月11日の菩提寺 西光寺での大施食会法要も済ませ、今年の新しい塔婆もお寺様から頂いた後で、各家庭でのお盆さまとなる。
8月13日の夕方から夜にかけて、先祖の霊をお迎えに行き、14日は先祖の霊が実家でお休みになられ、15日の夜お送りするというのが一般的だ。
地域によっては旧盆であっても、先祖の霊をお送りするのが16日というところがあるが、黒川は15日の夜である。
続きを読む今年も川崎・西光寺(さいこうじ)の大施食会(だいせじきえかい)法要が不動殿で例年通り8月11日に盛大に営まれました。
大施食会法要は、お施餓鬼(おせがき)と言ったほうがわたし達にはよく理解できます。
続きを読む7月20日(木) 黒川の鎮守様 汁守神社で、多くの氏子の出席のもと天王様の拝礼が行われた。総代長をはじめとして拝殿に上がった氏子一同は 太鼓の合図で神殿に向い、二礼 二拍手 一礼の神式に則り拝礼を行った。
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7月16日(日)朝の8時から汁守神社の氏子(うじこ)たちが集まって、汁守神社の境内の清掃と草刈が行われた。今年の「天王様(てんのうさま)」の式典が、氏子たちにより7月20日(木)に執り行われるので、それに先立ち神社とその境内を清めるために行われた。
黒川の鎮守様「汁守神社(しるもりじんじゃ)」に対して、隣町 町田市真光寺町にある「飯守神社(いいもりじんじゃ)」があります。東京都府中市にある「大国御魂神社(おおくにみたまじんじゃ)」の末社として祭礼の時に、昔はそれぞれ「汁物」と「飯物」を奉納してきたと伝えられています。今日は、「飯守神社」をご紹介しましょう。
「神奈川の花の名所100選」に選ばれている
わたし達 黒川の鎮守様 汁守神社で かっては 風祭り(かざまつり)の時に 舞っていたと言う「汁守神社の龍頭の舞」について、汁守神社の宮司による解説記事が
わたし達の
わたし達も ぜひ時間を作ってお不動様をお参りし、ご利益をお願いされたら如何ですか。
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ふるさとの昔を考察する際に、貴重な文献として避けて通れないものの一つに「新編武蔵風土記稿」があります。今日は、「新編武蔵風土記稿」のなかで、黒川について触れている八十六巻をご紹介いたします。昔の記述を転記したため、原本に100%正確では無いことをお許し下さい。
わたし達の街・黒川には、六百年以上にわたり連綿と続く古刹「曹洞宗 西光寺(サイコウジ)」があります。正式には、曹洞宗 雲長山(ウンチョウザン)西光寺と言います。雲長という僧侶が庶民のために開いたお寺です。
続きを読むやまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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