現役時代の若かりしある日 役員から呼ばれました
「今度アメリカで新製品の発表・紹介をすることになった。
工場では高齢の設計者を出したいというが、わたしは反対している。
将来性のある若いものを出したい。君は英語が使えるか?」と聞かれました。
わたしは「アマチュア無線で海外と英語で通信をしているので問題がありません」と回答すると
役員は「君に出張してもらいたい」と社内でのアメリカ出張者が私に決まりました。
現役時代の若かりしある日 役員から呼ばれました
「今度アメリカで新製品の発表・紹介をすることになった。
工場では高齢の設計者を出したいというが、わたしは反対している。
将来性のある若いものを出したい。君は英語が使えるか?」と聞かれました。
わたしは「アマチュア無線で海外と英語で通信をしているので問題がありません」と回答すると
役員は「君に出張してもらいたい」と社内でのアメリカ出張者が私に決まりました。
その後 部長から呼ばれ
「君がアメリカへ出張して新製品の発表と紹介をすることになったので
必要な手続きをしてほしい」と言われました。
わたしはそこで部長に
「今回の出張の意義は極めて大きいので 失敗は許されないと考えます。
わたしの初めてのアメリカ出張で心配なのは 未経験なので時差ボケを心配しています。
そこでアメリカ本土に上陸する前に ハワイで二泊して時差ボケを減らしたいと考えており、
ハワイでの宿泊を許可して欲しい」
と口頭で提案したところ 気心が通じていた部長はしばらく考えていたが
「分かった!許可しよう。ただし製品については充分に理解して臨んでほしい」と快諾を得ました。
部の旅費予算内でのことなので 部長の決済が必要でした。
総務部からJALのビジネスクラスのチケットが支給されました
わたしの友人がJAL国際線の副操縦士をしていたので 彼に
「出張でハワイに二泊することになったが 良いホテルを紹介してほしい」と依頼すると
彼は、羽田―ハワイ間のビジネスクラスのチケットを「ファーストクラス」に変更してくれた上
当時のJALクルーが常泊にしていた「シェラトン・プリンセス・カイウラニホテル」を紹介してくれて
部屋の予約までしてくれました。

部屋は18階の角部屋スイートルームで、ワイキキビーチが一望でき、
リビング・寝室・キッチンまである広々とした部屋でした。
広い部屋でおじさんのわたし一人の宿泊でした。
早速部屋で水着に着替えてワイキキビーチへ足を延ばしたあとは 濡れた水着を立派な部屋のベランダに干したものでした。
料金も格段に安いものでした。

ニューヨークの空港には ハイカラな二世の支店長が迎えてくれました
ニューヨークに宿泊した翌朝には 顔なじみの同僚が車で迎えに来てくれて支店へ向かいました。
そこで待っていたのは朝の朝礼の場で 支店員全員を前にして
今回の出張目的と協力を求める挨拶を英語で行うことでした。
もとよりちゃらんぽらんな管理人は 額に汗をかきながら しどろもどろで挨拶をしました。
新製品を前にした仕事は 製品の事実を簡単な文脈で紹介することで
哲学のような抽象的な会話でないのでお互いに意思疎通ができました。
問題はアメリカの安全基準と日本の違いがあるため その早急な対応を求められました
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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