2024年01月10日

せいの神…建立された

東300

黒川で延々と昔から引き継がれている「せいの神」(別名どんど焼きともいう)。

昔から正月の松が明けた7日に、せいの神が建立されることになっており、今年は1月7日(日)に、
黒川・上(かみ)地区は橋場の田んぼに、
黒川・中(なか)下(しも)地区は下の田んぼにそれぞれ建立されました。 
本来なら中学2年生(旧制中学の最上級生という流れをくみ)が大将となって小学1年生から中学1年生を組織して
子供たちがせいの神を建立するのが習わしですが、
今年も黒川町内会役員、汁守神社役員やボランティアも含めた大人が中心となり、建立作業が行われました。
   (写真撮影:令和6年1月9日)




黒川に建立されたせいの神は、10m以上の高さを誇る川崎市内でも他地域には見られない立派なものです。
このような昔からの風習であるせいの神が建立できるのは、理由があります。
第一は、正月の風物詩であるせいの神は 子供のころから建立に参加し お焚きあげに参加して身についている経験がありそのDNAが体にしみついていること、
第二に、神社役員・町内会の風習を絶やさず後世に残して行こうという意気があり 地元・黒川を愛する団結力があること、
第三は、巨大な焚火・裸火と化すせいの神を屋外で焚ける場所があること(都市部では住宅が密集していて不可能)と、地主の土地(民有地)使用許可の協力があること、
第四には、素材となる孟宗竹などが容易に入手できることなどによります。

  (写真:橋場の田んぼに建立された黒川・上(かみ)地区の せいの神
せいのかみ800














































せいのかみ500



























中700



























黒川・中(なか)下(しも)地区の今年の特徴は、高さを競わず腰がどっしりした自立型の せいの神を建立。

場所は昨年から 黒川東(あずま)営農団地が土地所有者の都合により使えなくなって設置場所の変更となり、少しばかりアプローチが難しくなりました。
正月の欠かせないせいの神ですが、建立する土地を貸してもらわなければ 実行できない難しさがあります。
今年も土地所有者の好意により、上(かみ)、下(しも)ともに 建立できました。

直ぐ近くを京王相模原線の高架があるため 例年に比べ 大きく規模を縮小して建てられた


(写真:黒川・中(なか)下(しも)地区の せいの神
下2500









































下1600
















































黒川地区の2か所に建立された「せいの神」(別名:どんど焼き)は、1月14日(日)の午後5時に点火されることになっています。
当日は、書初め・年賀飾り・古いお札やお守り・ダルマなども、お焚きあげできますので早めにお持ちください。
どんど焼き(せいの神)の清らかな火に当たれば、この1年間は風邪をひかないなどという言い伝えもあります。

古くから黒川に伝わる せいの神の風習を絶やすことがないよう、黒川地区の子供たちに参加してもらい、正月の思い出を残してほしいと願います。
そして黒川地区で生まれ育ったことを誇りに思い、帰属意識が涵養されることを願います

<追>
わたしのような黒川の老人は、ハイカラな「どんど焼き」という言葉より 子供のころから「せーの神」 (せいの神では、無い)と呼んでいました。
せーの神」という呼び方は、柿生の他地区でもそう呼んでいました。

 
  (参考:   せいの神の建立順序 2008.01.08のブログ記事)



Posted by tomato1111 at 00:00