2019年12月19日

はるひ野小学校で黒川の昔ばなし

校章はるひ野小学校3年生全員を対象にした「黒川・はるひ野の昔ばなし」を12月18日()に行いました。

新しくできた街へ移り住み はるひ野小学校へ通う子供たちは、歴史のある黒川の昔を知りません。

小学校の学習テーマとして黒川地区の昔のことを知り ふるさとへの愛着を持ってほしい、
黒川地区への帰属意識を持ってほしいと願い
授業の協力を引き受けました。

昨年も同じ時期に3年生を対象に実行しました。


麻生には130万年前の上総層群の柿生泥岩層から「パラステゴドン象の化石」(カントウ象)が発見されていて
氷河時代の終わりごろに生息していた事実があり、はるひ野周辺も闊歩していただろうという話や、
70年以上前 アベーテ前の土手には海の貝の化石がたくさん出土し、管理人が小学生の頃は化石取りに行った話から始めました。


象標本

130万年前の多摩丘陵はまだ影も形も無く、海と陸が入り組んでいたようです。
この辺りはある時代には海となり、また別の時期には陸だったりと変化していました。
黒川方面ではこの時代には、海−陸−海と言う現象が繰り返されていました。
このように黒川は海と陸が繰り返さえた時代があったのです。
    (出典:「わがまち麻生の歴史 三十三話」 高橋嘉彦著

また2万年前には川崎で最古の遺跡が黒川にあり、古代人の住処である竪穴式住居が多数発掘されています。
我が家の裏山にあった黒川宮添遺跡には 94家族の竪穴式住居跡がありました。
それを証明するため宮添みのり公園近くにあったわたしの畑から出土した縄文式土器のかけらや石刃(石刃・今の小刀)や
掻器(スクレイバー:動物の脂肪を取ったり、毛皮をなめすのに使われたもの)の実物を持参して見てもらいました。
川は縄文時代の文化の中心地としての地位がありました。

1時間の授業を2回 同じ内容で実施しましたが 子どもたちの熱心な質問攻めにあい、30分近くも長くなりました。
話したい内容が山ほどあり それを1時間と区切られた時間では すべてを話すには時間が足らず詰込みの授業となり、
子どもたちがどれだけ理解したかは自信がありません。
しかし 明日のはるひ野を担う子供たちに 昔の黒川を知ってもらう機会を学校が作っていただいたことに対し、感謝いたします。



(写真:今から15年前の向ヶ丘遊園駅近くにある「
川崎市青少年科学館」には、カントウ像の骨格標本が展示されていました)



Posted by tomato1111 at 00:00