
9月1日は 二百十日の日。
また防災の日。
またこの日は、黒川・南黒川・はるひ野地区の鎮守様
汁守神社の「風祭(かざまつり)」の日でもある
またこの日は、黒川・南黒川・はるひ野地区の鎮守様
汁守神社の「風祭(かざまつり)」の日でもある
黒川地区は昔から純農村地帯であった。
今も農業で生計を立てている人が多い。
実りの秋を目前に、農家にとって一番怖いのは害虫ではなく、天候とりわけこの季節に必ず訪れる台風だ。
台風に襲われると、一夜にして 丹精こめて育てている水稲、陸稲をはじめ秋野菜、梨やリンゴをはじめとする果樹に
言い知れぬ被害(壊滅的な被害)をもたらす。
農家にとっては天敵とも言うべき台風を始めとする自然災害の被害を最小限に留め五穀豊穣を祈願する祭事が、
汁守神社の「風祭(かざまつり)」である。
直来の席では劇団民藝から奉納されたお神酒(清酒)を氏子一同が謹んで戴き、今年の例大祭の話で盛り上がった。
令和元年年9月1日は、汁守神社の役員・汁守神社を護ってきた氏子たちが汁守神社に集まり、
今年の秋の自然災害の少ないことと五穀豊穣を祈って風祭の礼拝が拝殿で厳かに行われた。
これから9月29日(日)の汁守神社の秋の例大祭に向けて、いろいろな準備が氏子や関係者によって行われる。
『風祭』(かざまつり)
☆--------秋の収穫前に、風を鎮めるために行われる祭--------
「かぜまつり」ともいいます。
昔から、立春から数えて、二百十日目は、台風による暴風雨が多い日とされてきました。
毎年、九月一日ごろ。 収穫を控えた、大切な時期です。
そこで、江戸時代には、「二百十日」として、暦に記されるようになりました。
ただ、警戒するだけではなく、地方によっては、この時期に、風の神を鎮める行事を行ったそうです。
これが『風祭』。
ほかに、「風鎮(しず)め」「風鎮祭(ふうちんさい)」
「風日待(かざひまち)」などともいいいます。
特に、富山県八尾町の「おわら風の盆」が、有名ですね。
古代の日本人は、何か天災があると、神の怒りに触れたと思いました。
そして、神を鎮めたり、なだめたりする行事を行ったのです。
それは、単に、神にひれ伏すだけではなく、自分たちへの問いかけであったのかもしれません。
これまでやってきたことは、よかったのだろうか……。
そんなふうに、行動を省みる機会にしていたとも考えられるのではないでしょうか。
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山下景子
『センスを磨き、幸せを呼ぶ〜夢の言の葉〜』(週刊)
風祭(かざまつり、かぜまつり)
日本各地において、毎年二百十日前後に行われる嵐を鎮めるための祭り。
二百十日は台風来襲の特異日のため、収穫前の農作物が被害に遭わないよう祈願することを目的とする。
富山県富山市のおわら風の盆等が代表例である。
地方によっては屋根や竹竿の先等に風上に向けて鎌を立てる「風切り鎌」の風習も見られる。
「風祭り」とも書く。
(出典:ウィキペディア フリー百科事典)
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富山市八尾(八尾)地域での『おわら風の盆』もまた、風祭の風習と言われている。
『おわら風の盆』
おわら風の盆(おわらかぜのぼん)は、富山県富山市八尾(やつお)地域で、
毎年9月1日から3日にかけて行われている富山県を代表する行事(祭り)である。
越中おわら節の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い町の道筋で無言の踊り手たちが洗練された踊りを披露する。
艶やかで優雅な女踊り、勇壮な男踊り、哀調のある音色を奏でる胡弓の調べなどが来訪者を魅了する。
<風の盆の由来>
二百十日の前後は、台風到来の時節。
昔から収穫前の稲が風の被害に遭わないよう、豊作祈願が行われてきました。
その祭りを「風の盆」というようです。
また、富山の地元では休みのことを「ボン(盆日)」という習わしがあったと言われます。
種まき盆、植え付け盆、雨降り盆などがあり、その「盆」に名前の由来があるのではないかとも言われています。
(写真:越中八尾 おわら風の盆行事実行委員会HP(https://www.yatsuo.net/kazenobon/)から引用)
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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