2019年06月27日

ポルトガル世界遺産の旅 四日目

第4日目6月15日(金)

ポルトガル今日はホテルを出て北上し 約260km離れた北スペインへ移動。

ローマ、エルサレムに次ぐキリスト教世界三大聖地の一つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ。
各地から巡る全長900kmもの世界遺産の巡礼の道を通る。
途中、世界遺産「ゴーソの丘(歓喜の丘)」を観光。

世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」を観光。
12使徒の一人である聖ヤコブの遺骸が祀られていると言われているサンティアゴ大聖堂は、
内部が修復工事中で残念ながら全体像は把握できませんでした。
しかしオブライド広場から望む大聖堂は、荘厳そのものでキリスト教の力に圧倒された。
帰路、ポルトガルのギマランイスで 初代ポルトガル国王の生誕した古城を観光して 
憧れのホテル「ポサーダ・モスティロ・ギマランス」に宿泊。
古城や修道院などの歴史的建造物を改装したポルトガルらしさを満喫できるホテルの一つ。


 


僅か10名の旅人が、大型観光バス1台を占有し ゆったりとした旅
0バス車内550















北スペインのキリスト教の聖地 サンチャゴ・デ・コンポステーラを目指して巡礼信者はひたすら歩く
0巡礼475
















巡礼の街道では巡礼者は、その証明に帆立貝の殻を荷物にぶら下げる。

0ホタテ貝300



管理人も土産に 
ホタテ貝を購入











0巡礼476
















世界遺産 巡礼の道でサンチャゴ・デ・コンポステーラが望める丘に辿り着いた信者は、
聖地に向かい歓喜の声を張り上げたという「ゴーソの丘(歓喜の丘)」
当日は祭りが開かれていて、丘には近づけなかった
0歓喜の丘600























歓喜の声を張り上げをあげる像 「ゴーソの丘(歓喜の丘)」
0歓喜の丘350
0歓喜の像270


















サンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂

9世紀に聖ヤコブの墓が発見され、その上に建てられた聖堂がもと。

12世紀にローマ法王より巡礼地として定められたことから、スペイン最高のロマネスク様式の教会として建設。
中世以来、欧州各地の多数の巡礼者が訪れた大聖堂

サンティアゴ・デ・コンポステーラは、12使徒の一人である聖ヤコブの遺骸が祀られていると言われている
サンティアゴ大聖堂があり  
ローマ、エルサレムに次ぐキリスト教世界三大聖地の一つ。     

全長約900kmにも及ぶこの巡礼の道は、途中にピレネー山脈をはじめとする難所が幾箇所もあり
全行程が世界遺産に登録されている。

   (下写真:クリックすると拡大表示)

0大聖堂2000
































1998年10月9日、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の最終地であるガリシア州と、熊野古道の最終地である和歌山県は、
古道の最終地としての永続的な友好関係を確立するため、両古道の姉妹道提携を締結した
 
         (参考:管理人の熊野古道の旅

0サンチャゴ・デ・コンポステーラ 大聖堂700


































工事修復中の大聖堂内部
0聖堂内部修復中500






























大聖堂内部
0大聖堂501






























「ムーア人殺しのヤコブ」の像
0騎士350

















広大なオブラドイロ広場で、聖地に辿り着いたことを祝福しあう信者たち
0オブラドイロ広場800




























0塔奥の像450



















オブラドイロ広場でのこと

若き20代と思われる女性が 広場で背負ってきたリュックサックを降ろして しばし休憩をしていました。

リュックから取り出したのはA4サイズ?くらいの「巡礼完遂の証明書」と 
この聖地に至るまでに巡礼路で宿泊した教会のスタンプが2-30個押印されている帯状のノート(日本の御朱印帖に似たもの)を
満足げに見て感傷に浸っている姿でした。

思うに自分の足で 一か月以上もかけて歩いて辿り着いた聖地です。

フランスから来たのか、イタリアから来たのか、スイスから来たのか、ポルトガルから来たのか?

日本でもそうであるが日常生活を中断して、長く厳しい巡礼の旅(日本のお遍路の旅)に出るということは、
本人の強い願望・人には言えない悩み苦しみの救いを求めての巡礼だと考えると、この女性は大聖堂での祈りがどれほどの喜びなのかと思いました。

観光客で観光バスで 聖地へ来たわたしとは 違うオーラを感じました。
 
   (下図:各国からの聖地への巡礼路、最長900kmにも及ぶ)(左上は 巡礼路で道を指し示す ホタテ貝のマーク)


0巡礼路700



























アラメダ公園から大聖堂を望む (クリックすると拡大表示)
0展望台からの大聖堂2000




















公園内歩道に立つ女性像(亡くなるまで姉妹で公園を通り大聖堂へお参りした)

0公園内の人形500






















稼働する珍しい クラシックカメラ


0クラシックカメラ350




















初代ポルトガル国王エンリケスが生まれたギマランエス
      その国王が生まれた城が小高い丘にある
0ギマランイス城600




















丘にある12世紀の サン・ミゲル教会
0サン・ミケル教会600



















初代ポルトガル国王エンリケス
0初代ポルトガル国王アフォンソ・エンリケス像400



































古城や修道院などの歴史的建造物を改装したポルトガルらしさを満喫できるホテルが 約30軒あり 
ポサーダと呼ばれて人気のあるホテル.
建国の初代国王の生誕地にある小高い丘の上に立つ 荘厳な修道院を改装した

   「ポサーダ・モスティロ・ギマランス」に宿泊
0ポサーダ全景700




























「ポサーダ・モスティロ・ギマランス」の玄関
0玄関550


























ホテルフロント・ロビー
0フロント600

















石造りの雰囲気のある食堂
0ポサーダの朝食650

























旅の仲間と食事風景 手前には管理人の「旅の手帳」
0朝食風景650





























雰囲気のある休憩室
0ポサーダ休憩室600




















中庭
0ポサーダ中庭600

























ホテルに棟続きの 荘厳な教会
0ポサーダの教会800































0ポサーダの教会701

































0ポサーダの教会702















































ポサーダ・モスティロ・ギマランスホテルの「わたしの旅の記録帖」へのメッセージ
0手帳6月15日500




































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Posted by tomato1111 at 00:00