2012年04月08日

「無知の知」…首相の言葉

わかんない無知・浅学の管理人は、4月6日付日経新聞朝刊を読むまでは、「無知の知」という言葉を知らなかった。

連日、国会中継視聴者を楽しませていただいている田中直紀防衛相。

問責決議案提出に絡み、野田首相は交代させる考えのないことを強調し、氏について『無知の知」だが、判断力はある。』と語った由。


無知の知240406日経























この記事を読んで、

1. この問題を決着させる時期が近いことを感じさせた。

2. 首相自らが選任した防衛相であるため、やすやすと自分の非を認めるわけにもいかず苦労している。<任命責任>

3. だが首相自身も防衛相の実力について、不適任だったと認めているからこそ『無知』という言葉を使っているのではないか。

4. 国民から見れば日本の防衛を担う直接の担当大臣に、首相は無知の大臣を任命し、無知の大臣で勤まるような任務ではないことは明白。

(参考:無知…旺文社国語辞典から引用すると

           1.  知識がないこと。物を知らないこと。

           2.  知恵がないこと。愚かなこと。       とある。

 

(参考:「無知の知を勘違いしている野田総理)

20120406 11:17

小笠原誠治

 

 就任当初から批判の矢面に立たされている田中防衛相も、最近では哀愁さえ誘ってしまいます。本当に漫画のキャラクターにぴったり。

 でも、ご本人はどんな風に感じているのでしょう? 1日でも長く防衛大臣の職務を続けたいと思っているのでしょうか? それとも、本当は防衛大臣の職を辞したいと思っているのでしょうか?

 しかし、幾ら憎めないところがあるにしても、それでは国民が困るのです。

 はっきり言って、田中氏は少なくても防衛大臣としては適任ではないということでしょう。そのことを一番よく分かっているのは、奥様とご本人。

 しかし、政治家たる者、大臣や総理の椅子を目指して日夜頑張っている訳ですから、声がかかった以上断る訳にもいかない。

 それにしても、任命権者の責任は大きいのです。野田総理は、組閣に当たって何と言っていたか? 彼が言っていたのは、適材適所だ、と。

 どう考えてもおかしい。野田総理もそれは分かっていた筈。でも、何らかの理由によってどうしても

田中氏を防衛大臣にするしかなかった、と。まあ、政治家などというものは、本当のことをいうことが珍しいくらいですから、これくらいで驚いていけないのでしょう。

 でも、野田総理の、次の発言はどのように理解したらいいのでしょう?

 「無知の知との言葉もある。法律の条文はわからなくても判断力はある」

 はっきりいって、もう勘弁して下さいというのが、国民の心情であるのです。

 無知の知?

 皆さんは、無知の知という言葉の意味をご存知でしょうか?

 そうです、この言葉は、ソクラテスが言ったとされる言葉です。

 では、無知の知を引用した野田総理は、その意味を正確にご存じなのか?

 総理はこのように言ったのです。

 「法律の条文はわからなくても判断力はある」

 断定はできませんが、総理は無知の知の意味を勘違いしているか、或いは忘れたとしか思えないのです。

 何故ならば、総理の言いたいことは、専門知識はなくても健全な常識があれば、組織の長の仕事は務まるということだけだからです。
  つまり、本来の「無知の知」の意味とは全然違う。

 無知の知の本来の意味は、自分の知識が完全でないこと、或いは自分が知らないということをよく認識しているということなのです。

 ということは、仮に、無知の知を田中氏が心得ていたとすれば、大臣の職に就かないかと言われても、自分の知識は極めて不十分だから大臣には相応しくないと自ら申し出るべきであったのです。

 しかし、田中氏は防衛大臣のポストを受け入れた。
  つまり、自分の無知について真に理解していなかったからこそ、大臣に就いてしまったのです。

 多くの政治家にとって無知の知という言葉ほど相応しくないものはないということは、ソクラテスの弁明を少し真面目に読んだことがある人であれば、すぐ分かるのです。

 私は、総理が無知の知を意味を十分認識しているとはとても思えないのです。


(
本文は、小笠原誠治氏が、インターネットに発表されていた文章をそのまま掲載いたしました。ゴジックは、管理人が付加しました。)

 


Posted by tomato1111 at 00:05│忙中閑