2012年01月16日

帰国のルフトハンザ機内にて思う

飛行機    (本記事は、12月27日にルフトハンザ機内にて作成したもの)

長かったような短かったような2週間の欧州の旅も、成田に着けば終わる。

高齢者夫婦のわたしたちと、娘・幼い孫二人の5人連れ旅行も、何事もなくつつがなく終わる。

常識的には1歳と3歳の孫を伴って、2週間も欧州を旅する事は考えられない。
わたしたちの残り少ない人生の思い出にとモーツアルトの歌劇をオペラの総本山ミラノ・スカラ座で「ドン・ジョヴァンニ」を、ウイーンの国立オペラ座で「魔笛」を見たいと計画。
それに合わせてヨーロッパ・オーストリアでの個人宅(娘のオーストリア留学時代のホストファミリー宅)でのクリスマスを迎えるという夢を実現すべく企画し実行したもの。


3歳の孫はホストファミリーになついて、最後の夜は娘がオーストリアのお母さんと呼ぶご婦人と一緒に寝たり、ホストファミリーの長男と一緒にお風呂に入るほど馴染み、最後は『またオーストリアに帰りたい』と言うほどだった。

 

わたしたち夫婦も、年甲斐もなく企画した個人旅行だったが、大きなトラブルにも合わず旅を終えることは幸せだった。

There is a dream, There is a way! 』 ということわざがある。

もし機会があればフランス・パリのオペラ座ニューヨークのメトロポリタン劇場での歌劇を鑑賞したいと夢見ている。

 

帰りのルフトハンザ機内では、最後のドイツビールとライン河沿いで生産された白ワインの味を心行くまで味わっている。

幸せなひとときだ。

 

思えば現役時代に日本と当時の西ドイツを何回も行き来したルフトハンザ機内では、胃が痛くなるような思いをしたものだ。

日本からドイツへ向かうときは、相手先顧客へのプレゼンテーション資料に目を通し、予想されるQ&Aの準備を考えていた。

当時の日本は不況で 会社全体の受注予算が思わしくなく、予算を達成する道を海外に求め、その使命を負ってのドイツ出張だったので、胃の痛い思いをしてフランクフルトへ向かったものだ。

またドイツの駐在員になったときに、ドイツから日本の本社へ向かうルフトハンザ機内でも、胃の痛くなる思いをしたものだ。

日本の本社が期待するほどのヨーロッパでの受注が思わしくなく、日本の会社幹部を交えた会議で、いかにヨーロッパビジネスでの不況や受注予算未達の説明をして納得をしてもらうかを考えていて、機内でのビールやワインの味も分からない時があった。

会社から給料をもらって家族の生活が成り立っていることを考えれば、真剣にならざるを得ない。

しかし嘘をついてまでして、事情を隠してはならないので 誠実に現況を自分の言葉で説明し、今後の実行可能な計画を説明して乗り切ったこともあった。

今となれば良い思い出だ。

 

今回の旅行でドイツ・オーストリアでは、懐かしいドイツのネーチブな言葉に接しボケかかった頭に心地よい刺激を与えることができた。

コミュニケーションもドイツ語と英語を交えて、なんとか意思疎通ができたと思い、楽しいヨーロッパの旅だった。

 

特にフランクフルトのインターナショナルスクールで英語を通して小学校時代を過ごした娘の実用英語力と、
大学時代にオーストリアへ留学して現地の学校へ通い現地人の家庭にホームステイして習得した実用ドイツ語の力、
そしてドイツ企業に就職して得たドイツ人の考え方や習慣を見通した交渉力などを駆使した今回の旅行は、娘の援助なくして考えられなかった。

親として今回の旅行のすべてにわたり、娘の能力を目の前にして、高く評価したい。

 

妻を伴い、幼い孫と娘を伴った欧州旅行ができるのも、現役時代に積み重ねた経験の延長線上にあり、今となってはすべてが感謝あるのみ!

 


Posted by tomato1111 at 00:05