2010年01月12日

せいの神 点火!

980[1]黒川のお正月の風物詩「せいの神」(どんど焼き)。

111日(月)午後5時に、上(かみ)地区・中(なか)/下(しも)地区の「せいの神」がそれぞれ点火された。


燃え上がる250
上地区では中学2年生の親方(今年は女子)が、5時きっかりに点火。

7日に建立されてから4日が経過している「せいの神」の孟宗竹は、勢いよく天に向かって火勢を強めていった。


あたりがうす暗くなってきた中で、オレンジ色の火は、周辺を明るくする勢いがあった。


上地区の「せいの神」は、立ったまま切り倒すことなく火がつけられるので、見応えがある。
実測高さ15mの「せいの神」にそのまま火がつけられるところは、他にはないだろうと思う。


孟宗竹が、勢いよく「パーン」とはぜて、火の粉を飛ばす。


(写真:点火した中学2年生の親方(女子)が火勢を見守る)







燃え上がる6250



先端部の火勢がある程度の強さになった段階で「せいの神」が見物人のほうに倒れないように、あらかじめセットしてあるワイヤを引いて人気のない安全な方向に引き倒した。


火のついた子供たちの書き初めの半紙が、火勢に乗って天に向かって飛んで行くのも風情がある。












燃え上がる11


奉納されたお神酒を世話人が一人ずつ紙コップで配り、無病息災を祈念して廻った。

火勢が強いので遠巻きに見守る人々。









団子を焼く2250

せいの神」の内部には、付近の山でとれた粗朶(そだ)が投入されているので、火持ちの良い火種が作られていく。

ある程度の火種ができ、火勢が弱まるのを待って、米粉で作った団子を、樫の木で作った棒にさして団子焼が始まった。






上地区の「せいの神」建立には、町内会役員・OB、篤農家などの成人男子17名と中学2年生を親方にした子供たちのわずかな人たちで和やかに建立された。
しかし点火した11日には、およそ150名を超える多くの人たちが集まって、この風習を経験されていた。

昨年に引き続き、「セレサモス」では、当日の昼過ぎに団子を無料配布するチケットを配布したところ、わずか3分で30人分の予定数に達して、急遽団子の追加手配をせざるを得ない状況になったよし。
      (参考: 「せいの神」建立! )