2010年01月08日

せいの神 建立!

150[1]今年も黒川には、二基の超大型「せいの神(どんど焼き)」が住民たちの力で建立された。

七草で松の内が明けた7日、黒川 上(かみ)地区は 橋場前の田んぼに、黒川 中(なか)・下(しも)地区は 東(あずま)営農団地の畑にそれぞれ建立された。

今年の「せいの神」は、名実ともに川崎市では最大級の立派な仕上がりになった。

せいの神」の主要材料である孟宗竹が黒川には まだ存在しているのと、昔からのしきたりを絶やさず守ろうという有志が勤労奉仕して協力しているからである
(写真をクリック拡大してお楽しみください!)



中・下のせいの神
達磨群


昔のしきたりでは中学2年生が親方となり、下級生を組織して子供たちだけで「せいの神」を立てていた。
今は少子化の影響で子供たちが充分に集まらないため、町内会組織で大人たちが実質的な作業を担っている。


当日は朝の9時から子供たちが黒川地区の家を一軒一軒廻って、お正月の飾り物・だるまや門松を集めて それらを建立する「せいの神」の材料として活用する。

東(あずま)営農団地に建立された「せいの神」は、実測値で16.5mという巨大さ。

しかも根元から頂上まで真っ直ぐに立っており威厳さえ感じられる。





竹の鳥居 

この「せいの神」は、孟宗竹で作られた鳥居がたてられているという特徴がある。
しかも竹製の「お賽銭入れ」も立っている。







上のせいの神

橋場に建立された「せいの神」は、同じように実測値で15mもある。


町内会役員OBや先輩たちも子供たちに交じって和気あいあいと作業に精を出して建立された。


また上(かみ)地区に「明治大学農学部実習農場」が開設されるが、地元農民との間で深い交流の場が出来ている明治大学の先生もその輪に入って一緒に汗を流していた。

地元に溶け込む産学の場がすでに形成されつつある。


尚、黒川地区の「せいの神」は、どちらも来る11日(月・成人の日)の午後5時に点火される。

米粉で作った団子を「せいの神」の火で焼いて食べるのがベストであり、この火に当たれば一年間、無病息災で風邪をひかないと言われている。

是非この黒川地区の風物詩を経験されることをおすすめする。

(参考:せいの神建立の様子2008年1月)