2008年04月04日

桜にちなむ句

sakuraあの妖しいまでの美しい桜、艶やかな桜、いさぎよい桜にちなんだ句が多く残されている。 (写真:艶やかな400年山桜)

例えば 西行(1118-1190)の有名な

願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃

(きさらぎ(如月)は2,望月の頃は満月で15日のこと)


解説によれば、

西行の享年は73才であるが、この歌は60才代中ごろの作といわれているから死に臨んで詠まれたものではない。然し如月(2月)、望月(15日)と所望した通り2月16日になくなった。2月15日は釈迦の入滅の日であり、平安時代から涅槃会として釈迦の遺徳を偲ぶ習慣があった。これらの関連は単なる偶然の一致とはいえないものを感じる。」とある。

 

桜400桜の季節に詠んだ

散る桜 

  残る桜も 

   散る桜」 

というのも記憶に残る良寛さんの言葉だ。

 

これも仏教の無常観を素晴らしくかつ平易な表現であらわしている句だと思う。

 

この世のすべて、この宇宙に存在するもの、人の心にあるものまでが、絶えず変化をしていてひと時も同じ状態を保つことなどはありえないという無常観を桜の花が散るという現象を借りてあらわしているのでしょう

 

咲いている桜は、一つ残らず散るのだ、例外などはあり得ない。

 

この宇宙に存在するものすべてが、例外なく変化をして、今の状態を保ち続けることは無いのだということを、桜の花にたとえているのだと私は理解している。(参考:良寛さん

 

良寛さんが尊敬していた師と仰ぐ曹洞宗開祖 道元禅師の歌の中に、良寛さんがお別れのときに歌った句によく似たものがある。

 

道元禅師の一首

春は花

 夏ほととぎす

  秋は月

   冬雪さえて涼しかりけり

 

冬の雪に出会って、寒いともつめたいともいっていない。

雪が冴えわたって涼しい、と言っている。(作家:山折 哲雄)

 

道元禅師の最も優れた後継者といわれる良寛さんは、「任運(運にまかす)」または「任天真(天真にまかす)」という言い方を好んだそうです。

これは己を離れて大いなる天然自然の法である天真仏にお任せするということです。

 

夏目漱石の座右の銘は、「則天去私(そくてんきょし)」も同様な言葉で、小さな己を離れて、天のままに任せるという意味です。(参考:「道元の読み方」栗田 勇著)

 

雄姿

道元禅師良寛さんも、今の現実をありのままに受け入れていて 何の憶測も入れていない。

 

目の前の姿をそのまま捉えている、あれこれ余計なことで悩んだり思い煩ったりしない素直な考え方が素晴らしいとわたしは思う。

 

願わくば良寛さんに一度会ってみたいものだ!(写真:400年桜の雄姿、4月1日)

 

 

 

 

 

最後に 小林一茶の句集から、気になった桜に関する句を拾うと

 

ちる花は鬼の目にさへ涙かな         

 

花咲くやそこらは野屎野小便         

 

死下手の此身にかゝる桜哉           

 

死支度致せ 致せと桜哉               

 

(注:『晩節を控えた今、散る桜を見て、無常のこの世の別れを心せよ』とわたしに言われている心地がする


Posted by tomato1111 at 00:05│忙中閑