2008年07月30日

慶安の御触書

江戸歌舞伎 三味線慶応2年(1649年)三代将軍家光の時代に出された御触書

よくぞまあこんなことが言えたものだ」と感心させられたり、あきれさせられたりする文書。

今から360年前の江戸時代に、農民宛に出された生活上の指針ともいうべき文書です。

わたし達の先祖の生活が偲ばれ、苦々しい気持ちで従わざるを得なかったのかなと思います。


一、  公儀御法度(こうぎごはっと)を怠り、地頭、代官の事、おろそかに存ぜず、さて又名主、組頭をば真の親とおもうべき事

一、  朝おきを致し、朝草を刈り、昼は田畑耕作にかかり、晩には縄をなひたわらをあみ、何にてもそれぞれ之仕事油断なく仕るべき事

一、  酒、茶を買い、飲み申す間敷(まじく)候。妻子同然の事・・・・

一、  百姓は分別もなく、末の考えもなき者に候故、秋に成候得ば、米雑穀をばむざむざと妻子にもくはせ候。いつも正月、二月、三月時分の心をもち、食物を大切に仕るべく候に付、雑穀専一に候間、麦、粟(あわ)、稗(ひえ)、菜、大根、その他何にても雑穀を作り、米を多く喰いつぶし候はぬ様に仕るべく候。

一、  飢饉の時を存じ出し候得場、大豆の葉、あずきの葉、ささげの葉、いもの落葉など、むざと捨て候儀はもったいなき事に候

一、  男は作をかせぎ、夕なべを仕り、夫妻共にかせぎ申すべし。然者、みめかたちよき女房成共、夫の事をおろそかに存じ、大茶をのみ、物まいり、遊山ずきする女房を離別すべし・・・

一、  百姓は衣類の儀、布、木綿より外は、帯、衣裏(きものうら)にも仕る間敷事

一、  たばこのみ申間敷候。是は食にも成らず。・・・火の用心も悪候。万事に損なるものに候事

一、  年貢さへすまし候へば、百姓ほど心易ものは之無く、よくよく此趣を心がけ子々孫々まで申伝へ、能能(よくよく)身持をかせぎ申すべきものなり

 

     幕府のいうことはよく聞き、名主、組頭(名主の補佐役)を真の親と思って尊敬しなさい。

     朝は早起きして朝草を刈り、昼は田畑を耕し、夜は縄をなって俵を編み、何ごとも仕事には念を入れて、一生懸命働きなさい。

     米は年貢にまわすように努力して、麦、粟、稗、菜、大根など、雑穀を多く食べるようにしなさい。また飢饉のことも考えて、大豆、小豆、ささげ、いもなどの葉は大切にとっておきなさい。

     着るものは麻か木綿にしなさい(絹のようなぜいたくなものは身につけてはいけません。)

     酒は飲んではいけません。お茶もよしなさい。たばこは食物にならず、火事のもととなってろくなことはないので、吸ってはいけません。

     たとえ美人の奥さんでも、遊山好きでお茶ばかりのんで、一生懸命働かないなら、離婚しなさい。

     税金(年貢)さえきちんと払っていれば、百姓ほど良いものは、ほかにはありません。このことを子供や孫によくよく」伝えておきなさい。

 

俺の生活と女房のことについて、役人はグタグタいうな!よけいなお世話だ」と叫んでいるお百姓さんの声がどこかで」聞こえてくるようです。

 

(引用:『わがまち麻生の歴史三十三話 高橋嘉彦著』第23話 江戸時代の村と農民)