夕方の5時に、黒川の橋場に設置された
火をつけたのは今年の親方である中学2年生の二人。
穏やかな空気の中を、あっという間に火は一直線に燃え上がる。
細かな火の粉が、風が無いので緩やかに天に上がっていく。
孟宗竹の生竹が、火にあぶられて勢いよくはぜる。
はぜる時に小気味良く爆発し、爆発音が近くの山に跳ね返ってさらに景気をつける。
(写真:クリックして拡大可。)
夕方の5時に、黒川の橋場に設置された
火をつけたのは今年の親方である中学2年生の二人。
穏やかな空気の中を、あっという間に火は一直線に燃え上がる。
細かな火の粉が、風が無いので緩やかに天に上がっていく。
孟宗竹の生竹が、火にあぶられて勢いよくはぜる。
はぜる時に小気味良く爆発し、爆発音が近くの山に跳ね返ってさらに景気をつける。
(写真:クリックして拡大可。)
子供が持ち込んだ書初めが、燃える火の上昇気流に乗って鮮やかに燃えながら上へ上へと舞い上がっていく。
50m近く燃えながら上がっただろうか!
このように燃えながら、上へ上へと元気よく上がっていく書初めを見たのは初めてだ。
これを「吉書揚げ(きっしょあげ)」と言うそうだ。
おめでたいこと。
あの書初めを出した子は、自分のだと分かっているだろう。
昔から字がうまくなるという言い伝えがある。
黒川消防団の団員達が、危なくないように火をコントロールしている。
燃える火を前に参加者へ汁守神社役員から清酒のお神酒(おみき)がコップで振舞われた。
せいの神を構成していた竹や笹が燃え尽きてくる頃を見計らって、団子焼が始まる。
火の中には、欅の木の薪が多く投入されているので、ほど良いおき火が生れる。
昔から団子は自家製の米の粉で作り、山に入って程よい三つ又がある樫の木(かしのき)の枝を切ってきて、そこに団子を挿して焼く。(写真は、火に差し出された団子群。拡大OK)
黒川の上地区(かみちく)では、まだ樫の木に団子を挿している人が殆んどだ。
他の地域では山が少なくなり、団子焼に使う樫の木の枝がないので、代用として針金に団子を挿し、篠竹などにつないでいるのが一般的になってきた。
当日は成人の日の休日なので、およそ150人がせいの神に集まっていた。
高さ15mのせいの神に、そのままの立ち姿で火をつける場所は珍しくなってきた。
防火のためにせいの神を真ん中で切ってから火をつけるところが多いが、この黒川上地区では、そのままの姿に点火する。(写真は拡大可)
わたしも1年の初めに、縁起の良いせいの神の火にあたることが出来たので幸せだ。
きっと今年は良いことがあるだろう。
「せいの神」のことを、わたし達は子どもの頃「せーの神」と呼んでいた。
「賽の神(さいのかみ)」が、なまって「せいの神」になったのか?「賽の神」とは、道祖神を祭る。
一方、「せいの神」は、「幸」の神、「妻」の神とも通じる ため、幸福をもたらす神様であるという地方もある由。
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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