日本では、土曜丑の日に暑さ負けしないようにウナギを食べる習慣がある。
ところが今年のマスコミに依れば、『来年以降はウナギの値段が上がり食べられなくなるかもしれない』と報じている。
理由は、ウナギの稚魚の輸出国であるヨーロッパが、ウナギの絶滅を危惧して稚魚の国際取引を制限すると、ワシントン条約に基づいてこの6月に決めたからだ。
ワシントン条約という言葉は聞いていた。わたしもワシントン条約にかかわったことがある。
日本では、土曜丑の日に暑さ負けしないようにウナギを食べる習慣がある。
ところが今年のマスコミに依れば、『来年以降はウナギの値段が上がり食べられなくなるかもしれない』と報じている。
理由は、ウナギの稚魚の輸出国であるヨーロッパが、ウナギの絶滅を危惧して稚魚の国際取引を制限すると、ワシントン条約に基づいてこの6月に決めたからだ。
ワシントン条約という言葉は聞いていた。わたしもワシントン条約にかかわったことがある。
今から20年前のこと。
ドイツ駐在が解けて帰国が決まったときに、引越し荷物の中にモーツアルトの生家があるオーストリアザルツブルグで買った装飾用の野鹿の角があった。
頭の骨と角質の角だけという代物。
ザルツブルグにスキーに来ていたわたしたち一家は、街で一番大きなお土産屋さんで客引きのために飾ってあったとても目立つ鹿の角を交渉の上、購入したのだ。
ヨーロッパ駐在の記念にと日本へ持ち帰りたく、日本通運の現地社員に日本政府の通関の可能性を聞いたところ、『ワシントン条約があるが鹿の角は肉片もないし問題が無い』というので船便の引越し荷物に堂々と含めて現地を発送した。
日本に帰国してしばらくすると横浜の税関から書類が届いた。
『荷物に入っている鹿の角は、ワシントン条約により通関することができない。
今後の対応法は(1)ドイツへ返送する。(2)日本で焼却処分にする。(3)現地政府が発行した<生存していた時の鹿が健康であり、病気に罹っていなかった>ことを証明する書類の提出があれば、横浜税関では通関する。』と書かれていた。
ザルツブルグの記念の品、ドイツ駐在の思い出の鹿の角であることから、わたしは通関させるべく最善を尽くそうと決意した。
幸いにも鹿の角は、AMEXのカードで購入したので、そのときの控を持っていた。
国際電話でザルツブルグの店に電話をして、国の証明書の発行を依頼したが電話であることと言葉の問題もあり了解されなかった。
そこでわたしがドイツの現地法人で雇用していた女性秘書に電話で事情を説明し、お店から証明書を入手して欲しいと頼んだところ、やってみようと引き受けてくれた。
ドイツとオーストリアは共にドイツ語を母国語とする国。
しかも時差がないため、秘書の女性は丁々発止と交渉してくれた。
途中何回か手紙を書いたり、FAXを送ったりして秘書の女性にプッシュした。
およそ1年後に、秘書から手紙が届きその中には、オーストリア政府が発行した証明書が入っていた。「わたしの名前、販売した日、品物の名前を書き、鹿の生息地、鹿が角になる前は健康であった。」とドイツ語で書かれた公式文書が同封されていた。当然担当官のサインもあった。
早速この文書を横浜税関へ送ると、何もなかったかのように待望の鹿の角が我が家へ届いた。
あらためて役所の仕事とは何かと考えさせられた。
死んで骨と角だけになった物体がお土産で販売されていて、その鹿が生存していた時に健康であったかどうかは判らないし、肉片もないのだから病原菌の心配もないはずだが、日本の役所は杓子定規に証明書の提示を求めてきたのだ。
わたしは専門家でないから税関の対応理由がよくわからないが、これを「お役所仕事」と日本では呼ぶものと理解している。
我が家では、大人の鹿の角が2個と、子どもの鹿の角が3個部屋の中に飾ってある。
このような海外で購入したもののトラブルは他にもある。
アメリカのアトランタで購入した油絵が、届かずこれも現地の従業員に交渉させたこともある。
一番良いのは買ったものをBy Handで手持ちで帰ってくるのが確実だ。
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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