2007年01月15日

黒川のせいの神(どんど焼き)

上のせいの神威容を誇っていた黒川のせいの神(どんど焼き)は、平成19114() 夕方5時に「せいの神」をまとめた親方の中学2年生によって点火された。


親方が点火この「せいの神(どんど焼き)」は、中学2年生を中心にした子供たちと、黒川町内会・汁守神社によって設営から点火、あとかたづけまで実行される。また屋外で火を扱うので、黒川消防団の団員が立会い 安全を重視して運営された。

 

 

 

燃えさかるせいの神400

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ちきれずに団子焼団子焼

昔からの黒川に住んでいる人たちは、米の粉を使った団子を近くの山から取ってきた樫の木の枝に挿して、「せいの神(どんど焼き)」で燃やされた聖なる火にあてて焼いた。この団子を食べると風邪に引かない、一年間無病息災のご利益があると言われている。

 

最近は昔と違い、里山が少なくなったため、樫の木の枝の入手が難しく、篠竹を代用している人が多い。

 

黒川消防団当日は黒川地区をエリアとするケーブルテレビ局 J-COMが取材に来ていて「せいの神」の模様は117日の夜からの地域のニュースで取り上げる予定とのこと。

 

今年の黒川中・下地区の「せいの神(どんど焼き)」参加者は、200名を数えて子供たちに新しいふる里のお正月の思い出を一つ加えることが出来たと思う。

 

この「せいの神(どんど焼き)」を次世代に確実に引き継いで行かなければならないが、いくつかの課題がある。

それは、近代化の波が押し寄せている黒川地区で、周囲に住宅が無い用地がいつまで確保できるかという問題。昨年も今年も、ご理解のある個人地主さんが提供していただいたが、今後は不確定。

 

二つ目は、今の様なせいの神を建立するとなると、立派な孟宗竹が必要であり、その竹林がいつまで存続するかという問題。(単に正月飾りを持ち込んで燃やすだけなら、問題は用地だけとなるが)

 

心意気は充分にあるが、建立に対して無償肉体労働を提供する人が確保できるかどうか。点火に参加する人は多いが、作るほうに廻る人の確保。

燃やされたせいの神今年は残念なことに、黒川の上地区のせいの神が112日の夜に、何者かによって放火されたため、昔どおりの風景は見られなかった。古きよき時代から営々と続く小正月の伝統であり、地域の人たちが楽しみにしていたせいの神を燃やしてしまうという不届き者には、悔しさと情けなさに腹が立つ思いがした。(写真:燃え尽きた上地区のせいの神)

<点火前の威容を誇る黒川地区のせいの