国立劇場開場四十周年記念歌舞伎公演が、
国立劇場開場四十周年記念歌舞伎公演が、
国立劇場では、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)役を、10月が第一部(中村吉右衛門)11月が第二部(坂田藤十郎)12月が第三部(松本幸四郎)で演じて、江戸城の刀傷の始まりから大石が切腹をする最後の一日までの長編を10月から12月までの3ヶ月間にわたり全編を上演している。
11月の第二部は、<伏見撞木町(ふしみしゅもくまち)>第一幕 伏見撞木町の揚屋笹屋の表二階、奥庭離室のあたり、<御浜御殿綱豊卿>第二幕 浜松御殿松の茶屋 第三幕浜松御殿綱豊卿御座の間 入側お廊下 元の御座の間 御能舞台の背面、<南部坂雪の別れ>第四幕 三次浅野家中屋敷 瑤泉院(ようぜんいん)居間 門外。上演時間は休憩時間を入れて、四時間十五分。
事件のあらましは、元禄14年(1701)3月14日、江戸城内松の廊下で赤穂藩士・浅野内匠頭長矩(たくみのかみながのり)が、吉良上野介義央(きらこうずのすけよしなが)に突然切りつけたのがはじまり。将軍徳川綱吉が激怒し、浅野に即日切腹を命じ、赤穂浅野家は取り潰しにあう。この裁きで主君を失った大石内蔵助以下家来たちは、お咎めがなかった吉良に対するあだ討ちを計画。元禄15年12月14日深夜(15日未明)、大石をはじめ四十七人(四十七士)が吉良邸に入り、吉良を討ち取り主君浅野内匠頭長矩の無念を晴らした。
わたし達の日常は、TVに映る平面の映像や、新聞や雑誌の情報に触れる機会が多い。横幅22m近い巨大な舞台の上で、とてもリアルで美的なセットとともに、生身の俳優さんが肉声で演ずるお芝居を見ると、目が覚める思いがする。
田舎芝居しか見たことがないわたしは、日本で最高の劇場で日本の威信をかけた演劇が日本語で演ずるのを10mも離れていない席で見ることに、興奮を覚える心地がした。
俳優さんの着ている衣装も素晴らしい。すべて男優で演じられている歌舞伎であるが、女役のしぐさの艶かしさにゾッとする。いまどきあのような首・手・足・腰の使い方をする和服の女性にあったら、夢のようではないかと思う。相手の気持ちを察して、奥ゆかしく話す話し方。プロが演じる役になりきった俳優のすきのないセリフ。間合いの取り方。
観客はというと 前に陣取っている慣れた客は良い場面になるとすかさず「イョー、山形屋!」などと掛け声をかけるが、これはこれで場に花を添えている。
12時開演に先立ち、劇場の裏手にある伝統芸能情報館で、本日の歌舞伎の見所の解説を、元国立音楽大学教授の竹内道敬先生から講義をしていただいた。先生は歌舞伎のイヤホンガイドを務められるほどの日本の古典芸能第一人者。
本日の公演には1階前方の花道に近い席に、小泉元首相もあのライオンヘアで同じ歌舞伎を鑑賞されていた。わたしは、「イョー、山形屋!」ではなく「イョー、純ちゃん!」と声をかけようとしたが気が小さく恥ずかしいので止めておいた。
最近はつくづく思う。
何事も本物を自分の目で見、耳で聞くことが大事だということ。
田舎の初老のおじいさんが、冥土(めいど)の土産にと思って鑑賞に行った歌舞伎であるが、これはとりこになりそうだ。
12月の松本幸四郎が演じる大石内蔵助の「元禄忠臣蔵」の入場券も既にほとんど売り切れだ。今回は1階の1等A席(10列38番)(9,200円)で鑑賞した。
(参考)
国立劇場 大劇場の大きさ:客席から見て横幅22mx奥行き30m
高さ19m
花道の長さ20m
廻り舞台の直径20m
(横幅は、客席から見えないが50mあり、舞台セットが準備されている。)
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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