2006年05月10日

写真「追憶の黒川」 その1

黒川の農家で、現在のはるひ住宅地に農地を所有していた人たちは、この写真を見ると言い知れぬ懐かしさがこみ上げてくるでしょう。


はるひ野の住宅地として造成される前の、ひなびた谷戸と田んぼ、里山風景に、昔の懐かしい生活が思い出されるからです。

谷戸のいりくち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この谷戸の田んぼで、農作業を経験したものは具体的な思い出がありますが、そうでなければ、ただ叙情的な田舎の風景としか理解できないでしょう。この写真から具体的な記憶が呼び起こすことが出来る人も、年を追うごとに少なくなっていくことでしょう。

柳町水田 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(小田急多摩線 ガード先の柳町水田 平成2年6月)

 

わたしは小学生の子どものころから成人になるまで、ほとんどの休みの日は両親の農作業を手伝うためにこの谷戸で働いていたので、周囲の里山の風景が忘れられません。そのきっかけをこれらの写真が提供しています。

柳町谷戸田

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

(柳町 谷戸田の春の風景 平成2年4月)

 

はるひ野に住んでおられる方も、一昔前まではこのような美しく豊かな純農村地帯、里山が広がる田園地帯であったということに想いをいたしてください。

 

皆さんの住んでいる家の土地は、このような健康的な土地だったのです。

 

数千年、数百年と続く里山にあった田んぼを黒川の農家が何代にも亘って、慈しみ保全してきた土地でした。

 

耕作を放棄したら1年で雑草に覆われ、5−10年もすれば雑木林の木の種が飛んできて小さな自然林となり人が入るのも難しい荒地になってしまいます。

 

毎年手を入れているから、田んぼのあぜ道も人が通れたのです。

大亀の谷戸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(柳町の水田 棚田 俗称:おおかめ 平成2年4月)

(わたしの家の棚田がここにあり、両親と働いた懐かしい場所。あぜ道は、リヤカーも通らないので、刈り取った稲は、背負子で背負って農道まで運び出した。)

 

願わくば皆さんと共に住むはるひを、永久(とわ)に誇れる住みよい街に育てていきましょう。街をいつくしむ ひとりひとりの心が、街を育てます。

 

これらの写真は、はるひの開発 地域の記録編集員会 黒川特定区画整理事業地権者会発行「追憶の黒川」という限定出版の写真集から引用しています。地元の写真家 立川 幸夫氏が撮影したものです。