2006年02月18日

昭和30年代の黒川

黒川駅名300 

わたし達が生まれ育った黒川。

 

昭和30年代の黒川。今から50年前の黒川。

 

黒川の43%を占める山林、同じように45%を占める田畑。

のどかで典型的な里山の農村地帯でした。


 

里山
里山に入れば、楢(なら)や櫟(くぬぎ)が多く、これらは冬の農閑期に薪(まき)にされたり、炭焼に使われたりして農家の収入源でした。
伐採された雑木は、十年もすれば薪として利用できるまでに成長します。

 

 


 

山櫻

 

雑木林の中には、針葉樹の松や杉の林は割合に少なく、樫(かし)、檜(ひのき)、榎(えのき)、榛(はん)の木、拳(こぶし)、山桜、椿(つばき)などが自生して、四季の移り変わりを教えてくれました。

 

 


 

ホックリバアサン



春にはわらびやぜんまいなどの山菜も採れ、山椒の新芽なども風雅な味わいで楽しみの一つでした。
ホックリバアサンが、可憐な花を披露していました

 (わたし達は、「シュンラン」のことを「ホックリバアサン」と呼ぶ)

 

 

春光を浴びて水の緩んだ小川ではめだかが泳ぎ、田んぼの水溜りにはオタマジャクシが黒い群れを成していました。

また谷間では鶯(うぐいす)の美しいさえずりがこだましたものです。

 

山百合

 

 

新緑に色を添えていた山桜が散り夏ともなれば、神奈川県の花 山百合の清楚な姿が山の斜面を彩りました。
また今では珍しいホタルが無数に飛び交い、ホタル狩に興じたものです。

 

 

 


柿

 

 

 

秋、禅寺丸柿が陽を浴びて輝き、谷戸に深く食い込んだ田んぼでは黄金の稲の獲り入れ、それはまさに一幅の絵でした。

ミレーの落穂ひろいを連想します。

 

 

 



 

山での、山栗・山ぶどう・ぐみ・しどめ・どどめなどの実の味わいは、忘れられない楽しみでした。

 

冬は里山の彼方、此方から炭を焼く煙がたなびき農村の一景を呈しました。

燃料にするため雑木林の下草や篠笹(しのざさ)を刈る、落ち葉を掻き堆肥(たいひ)にする、これは冬の風物詩でした。

自然の植物はさまざまな形で人々の生活の営みを助けてくれたのです。

 

このような自然味豊かでのどかな黒川の生活も昭和30年代を境に、開発の波が押し寄せて、大きく変わることになりました。