2006年02月05日

黒川のすがた

 

黒川は多摩川の右支流(建設省は、河川が海に向う方向で、右・左と呼ぶ)、三沢川(みさわがわ)の流域に含まれ、柿生(かきお)の西端です。

黒川全景(台からの風景)

 

同時に川崎市の最西端でもあります。

北東は東京都稲城市、北西は多摩市、西は町田市に接しています。

黒川は、川崎市内の中で最も自然の残っている土地です。


 

 

はるひ野関連宅地造成が行われる前は、「東(あずま)」「宮添(みやぞえ)」「廣町(ひろまち)」の三字(あざ)が、三沢川を中心にして南西から北東に、一連の谷戸(やと)を展開していました。川の左岸には、「谷ッ(やつ)」「柳町(やなぎまち)」「海道(かいどう)」「西谷(にしや)」そして水源の「明坪(みょうつぼ)」などの五つの谷戸があり、田畑が広がっていました。

黒川の 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これらの昔の 字(あざ)(地名の呼称)を残すために、はるひ野地域内の公園は、「谷ッ公園(やつ)」、「柳町いろどり公園」、「海道ひだまり公園」、「宮添みのり公園」、「丸山こもれび公園」と言うような名前が付けられました。

 

はるひ野駅名黒川(はるひ野・南黒川を含む)の面積は約191ヘクタール(577,775坪)ですが、かってはおよそ半分が田畑でした。今の はるひ野と呼ばれる地域は、人家が3軒あったのみで他は、里山と水田、僅かな畑で占められていました。

 

 

昭和初期の「柿生岡上組合村地番反別入地図」によれば、黒川の田が全体の15%、畑が30%、あわせて田畑では45%を占めていました。山林・原野で43%でした。宅地はわずか10%でした。

 

黒川で標高が一番高い所は、黒川の海道谷戸の奥と連光寺堺の(川崎水道局黒川高区配水地付近) 144.32メートルの峠です。

 

黒川駅名黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)付近が、126.89メートル、黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)の入口で、110.7メートル、尻手黒川線と鶴川街道が合流するT字路が、80.7メートルです。丘陵と平地の差は、50メートル程度です。

 

 

川崎市の中では最も標高の高い地域が、わたし達の住む黒川地域(はるひ野・若葉台・南黒川・黒川)です。従って将来、南極や北極の氷が地球温暖化等の原因で溶け出して海水の上昇が起きる様な事態が生じても、しばらくの間は安全に生活ができる安心の街だともいえます。(黒川地域に住んでおられる方は、海に水没するという心配は当面ありません。!!)

 

若葉台駅名

 

黒川を流れる三沢川は、多摩川に注ぎ東京湾に行きますが、隣の栗木を水源とする片平川、真光寺を水源とする真光寺川などは鶴見川に通じ、東京湾に注ぎます。

 

 

 

黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)近くの丘陵は、多摩川と鶴見川にそれぞれ流れ込む河川の 分水嶺(ぶんすいれい)であるともいえます。