黒川は多摩川の右支流(建設省は、河川が海に向う方向で、右・左と呼ぶ)、三沢川(みさわがわ)の流域に含まれ、柿生(かきお)の西端です。
同時に
北東は
黒川は、
黒川は多摩川の右支流(建設省は、河川が海に向う方向で、右・左と呼ぶ)、三沢川(みさわがわ)の流域に含まれ、柿生(かきお)の西端です。
同時に
北東は
黒川は、
はるひ野関連宅地造成が行われる前は、「東(あずま)」「宮添(みやぞえ)」「廣町(ひろまち)」の三字(あざ)が、三沢川を中心にして南西から北東に、一連の谷戸(やと)を展開していました。川の左岸には、「谷ッ(やつ)」「柳町(やなぎまち)」「海道(かいどう)」「西谷(にしや)」そして水源の「明坪(みょうつぼ)」などの五つの谷戸があり、田畑が広がっていました。
これらの昔の 字(あざ)(地名の呼称)を残すために、はるひ野地域内の公園は、「谷ッ公園(やつ)」、「柳町いろどり公園」、「海道ひだまり公園」、「宮添みのり公園」、「丸山こもれび公園」と言うような名前が付けられました。
黒川(はるひ野・南黒川を含む)の面積は約191ヘクタール(577,775坪)ですが、かってはおよそ半分が田畑でした。今の はるひ野と呼ばれる地域は、人家が3軒あったのみで他は、里山と水田、僅かな畑で占められていました。
昭和初期の「柿生岡上組合村地番反別入地図」によれば、黒川の田が全体の15%、畑が30%、あわせて田畑では45%を占めていました。山林・原野で43%でした。宅地はわずか10%でした。
黒川で標高が一番高い所は、黒川の海道谷戸の奥と連光寺堺の(川崎水道局黒川高区配水地付近) 144.32メートルの峠です。
黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)付近が、126.89メートル、黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)の入口で、110.7メートル、尻手黒川線と鶴川街道が合流するT字路が、80.7メートルです。丘陵と平地の差は、50メートル程度です。
黒川を流れる三沢川は、多摩川に注ぎ東京湾に行きますが、隣の栗木を水源とする片平川、真光寺を水源とする真光寺川などは鶴見川に通じ、東京湾に注ぎます。
黒川青少年野外活動センター(旧 黒川分校)近くの丘陵は、多摩川と鶴見川にそれぞれ流れ込む河川の 分水嶺(ぶんすいれい)であるともいえます。
やまざる
川崎市黒川(当時の住所表示)の農家に生れる。
来世も菩提寺である黒川の西光寺で、永遠の眠りにつく。
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