2006年01月31日

汁守神社の龍頭の舞

 

こぶし1わたし達 黒川の鎮守様 汁守神社で かっては 風祭り(かざまつり)の時に 舞っていたと言う「汁守神社の龍頭の舞」について、汁守神社の宮司による解説記事が 麻生区文化協会会報 第8号(平成2年10月1日発行)に掲載されていますので、御紹介いたします。


 

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汁守神社の龍頭の舞

 

黒川の獅子舞は、河童(水の神)の面を付けた舞人の音頭で、牡獅子、牝獅子、中獅子(牡獅子)の3匹が一組となって舞う。胸に付けた太鼓を打ち鳴らし、花笠を冠る二人の女の子が手に持つササラ(竹で作った楽器)を摺り、牝獅子をめぐり二匹の牡獅子が争う「牝獅子隠し」が舞の中心となる。豊年万作の雨乞い、五穀豊穣の祈願である。

  獅子頭

当社の獅子頭は、一般的な高麗狗形式でなく、龍型の獅子で其の舞は龍頭の舞いである。龍は雨の神であり、太鼓は雷の神である。龍頭には水鳥の羽根が付いている。

 

 

今日では舞う人がいないので、祭礼の時、本殿に龍頭を奉遷して祈願している。

 

汁守神社は、雨がやってくる方角といわれる巽(たつみ)(南東)の方をむいて建てられ、祭神は保食(うけもち)大神である。

<汁守神社宮司 池田 正盛>

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また黒川の三頭の獅子頭が保存されている川崎市民ミュージアムの解説に拠れば、獅子舞について次のように記しています。

 

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黒川の獅子舞は828日の風祭に梅沢家を宿とし、三匹獅子と天狗面をつけた者が、金棒・ささら・ほら貝を先導に村内を練り歩き、汁守神社(麻生区黒川)へ戻ったという。

大正3年(1914)汁守神社に新しい拝殿ができてから、獅子頭の行列はなくなったという。

 

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黒川の「汁守神社の龍頭の舞」は、今から92年前の大正3年に絶えてしまったと言います。当時としてはいろいろな事情があって、絶えてしまったと考えられますが、誠に残念なことです。

当時の「汁守神社の龍頭の舞」の振る舞いを知っていて今に伝える人は、残念ながらいないでしょう。

 

永久に、次世代に引き継がれていく黒川の汁守神社

願わくば池田宮司さんの解説を参考にして氏子たちが、新しく「汁守神社の龍頭の舞」を創作し、復活させたら素晴らしいことだと思いますが!