2005年11月22日

氷河時代の黒川に祖先が住む!

太古のロマンを秘めたわが街 はるひ野・若葉台・黒川

 

地球誕生から現在までのわが街 はるひ野・若葉台・黒川について、文献と講義を参考に考察してみましょう。


 

大変興味のある事柄です。

 

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私たちの住む地球、この惑星はおよそ46億年前に誕生しました。

 

地球誕生混沌としていた地球上に、36億6500万年前に「シマノバクテリア」が出現。

これは地球を覆っていた炭酸ガスを食べて、酸素を放出するという働きをしたバクテリアでした。

これによって、地球上に酸素が生まれ、酸素が満ちる惑星になり時間を掛けて、巨大な植物が繁茂していきました。

 

 

恐竜が地球上に栄えた時代は、今からおよそ1億年前のことです。

 

人類が地球上に出現したのは、今からおよそ400万年前のことです。

 

日本列島がほぼ現在の形になったのは、およそ200万年前と言われています。

 

関東地方は深く沈みこみ、沈んだ所に海水が入り込み内湾となっていきました。この海に川から土差が流れ込み、海底を埋めていきました。こうしてできた地層群が、多摩丘陵の土台となっている上総層群(かずさそうぐん)です。上総層群は、多摩丘陵の土台のみならず、東京や関東地方の大部分の土台でもあります。

 

関東平野では、関東造盆地運動でゆっくりと沈んでいっていく過程で、周辺は逆に隆起します。多摩丘陵は海に蓄積された上総層群が逆に隆起して形成されました。およそ50−80万年前と考えられます。

 

氷河期(約60万年― 一万数千年前)には、海進(一時的に気温が上昇して地球上の氷が溶け、海水面が上昇)と海退(海水面が低下して海が陸地化する)の繰り返しが行われました。海進で平らな地層が形成され、海退で侵食されることにより、高低差のある丘陵が作られていきました。

 

関東平野周辺の山々は、氷河時代に活発な火山活動を繰り返し、関東地方に大量の火山灰を降り積もらせました。

 

多摩丘陵の上部に厚く堆積している関東ローム層は、主に箱根・富士の火山噴出物が降り積もったもので、古い順に多摩、下末吉、武蔵野、立川の4つのローム層に区分されます。

 

多摩ローム層は多摩丘陵の最も古いローム層で、40−15万年前の箱根火山の噴出物が主体です。下末吉ローム層は、13−7万年前に金時山などの箱根外輪山からの堆積物です。武蔵野、立川ローム層は、富士火山の噴出物が中心で6−1万年前のことです。

また九州桜島の北側にある姶良(姶良)火山の大爆発による火山灰が、立川ローム層(3−1万年前)の中に含まれていることが、黒川でも確認されています。

 

 

isiba昭和53年夏、黒川東(アズマ)発掘調査団により、遺跡の調査が行われたところ、川崎市麻生区黒川527番地から540番地の一帯で、約2万年前と推定される石器が発見されました。石器は、石刃(せきじん:ブレイドで現代の小刀にあたる)と掻器(スクレイバー:動物の脂肪を取ったり、毛皮をなめすのに使われたもの)です。

 

石器は約2万年前の鹿児島の姶良火山から飛んできた火山灰の堆積していた地層のあたりから発見されました。

 

sukureipa-このことから黒川東(あずま)にはおよそ2万年前に、既に私たちの祖先が住んでいたことが証明されました。黒川東遺跡が、川崎で最古の遺跡である可能性が高いといわれています。

ところで2万年前は、氷河時代です。

黒川に住んでいた私たちの祖先は、どのような風土の中で、どんな生活をしていたのでしょうか?     

              (続く)

 

(かわさき市民アカデミー 「川崎学検廖〆美林大学名誉教授 三島次郎氏)

(「わがまち麻生の歴史 三十三話」 高橋嘉彦著 )

(国立科学博物館 日本人はるかな旅展

  http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/1/1-02.html )

 

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どうでしたか! 意外な事柄に、驚かれたことでしょう。

 

事実に基づく科学的な太古のロマンを想像して下さい。

舞台は、私達の立っているこの黒川です。!